俺の友人・オカノは、オカルトに魅了された男。
小さな頃から心霊番組を見まくっていたそうで、オレと出会った大学時代には、友人数名でオカルトサークルを作るほどハマっていた。
何度か勧誘されたのだが、俺は幽霊だのポルターガイストなどを信じていない。
だから、誘われるたびに断ってきた。
オカノとの関係は、実に微妙。
会話こそするものの、オカルトのことになると必ず意見が衝突していたから、仲がいいとは言えなかっただろう。
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俺がオカルト否定論者すぎるからか、オカノは俺にいわくつきの代物を見せてくるようになった。
心霊写真やら、呪いの仮面やら、数十品は見せられたと思う。
それは大学を卒業して5年経つ今も続いていて、その頻度はどんどん高まっている。
今日もオカノから、LINEでくだらない「品評会」のお誘いがきた。
『今度こそ本当にヤバい物が見つかった!お前も超常現象を信じずにはいられないだろう!』
もちろん過去一度として、オカノの言う本物を見たことはない。
それでも俺は、オカノの品評会にはとりあえず行く。
目的はひとつ。
オカノのオカルト理論をボロクソにけなしたいからだ。
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俺が働いている会社は、いわゆるブラック企業。
残業時間は長いし、上下関係が厳しい社風で、社内ではいつも誰かの怒号が飛んでいる。
俺も、直属の上司から何度理不尽な叱られ方をしたことか。
パワハラ地獄の中で溜まっていくストレスを、俺はオカノの品評会で発散している。
アイツのオカルト理論を真っ向から論破してやるのだ。
オカルト現象なんてありはしないのだから、オカノがどれだけ理論武装しようが穴だらけ。
俺が負けることはまずありえない。
論破した後の、オカノの泣きそうな表情を見るとスカッとする。
俺の上司も、毎日こんな感覚を味わっているのかもしれない。
オカノは俺にとって、サンドバッグでもあるのだ。
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とある日曜日の昼下がり。
オカノが俺を呼び出す時は、だいたいこの店を選ぶ。
いつも満席に近くて、店内はザワザワしているから、俺たちが怪しいオカルト話をしていても誰も気にしない。
遅れること10分。
サンドバッグがやってきた。
こちらはいつでも殴れるよう、心のグローブは装着済みである。
『いやぁごめん!遅れた!昨日準備したはずなのにどこかいっちゃって。探すのに手間取ったんだよ。あ、例の品物のことね』
遅れて来たことを詫びてるはずなのに、オカノの顔は自慢げである。
相変わらずムカつく顔だ。
でも、コイツがムカつく顔をするほど、その鼻っ柱をへし折りたいという俺のモチベーションはどんどん高まる。
「早く見せろよ、その本物ってやつを」
俺の拳は、目の前のノーガードサンドバッグ野郎を叩きたくて疼いている。
そんなことに気づかないまま、オカノは話を続ける。
『慌てなさんな。その前にひとつ聞きたいんだけど、道を歩いてて「どうしてこんな物落とすんだよ?」って思う物を見たことないかい?』
「っていうと…あれか?片方だけ落ちてる軍手とか?」
オカノが笑みを浮かべる。
『そう!まさに!普通軍手って落とさなくないか?しかも片方だけって、どういう状況なんだろうな?』
「引越し業者が落としたんじゃねーの?まさかそれが幽霊の仕業とかいうんじゃないだろうな?」
だとしたら論理が飛躍しすぎてて、殴り合う気すら起きない。
俺がやる気のない表情を浮かべたのを見て、オカノはさらに笑顔を強める。
『甘いね。そんなことで俺がキミを呼び出すと思うか?幽霊の仕業じゃないよ。かと言って人間の仕業でもない』
「じゃあ何だよ」
『妖精だよ』
唖然としてしまった。
幽霊も妖精も、俺からしたら変わりない。
今回は俺の不戦勝に終わりそうだ。
「さすがのオカルトオタクもネタ切れか。こんな調子じゃ、例の品物を見るまでもないな」
『ちょっと待ってよ!わかったから、とにかくこれを見てくれ』
オカノは背負って来たナップザックから、一足の長靴を取り出し、テーブルの上に置いた。
真っ黒な男性もの、サイズ的に25cmくらいだろうか。
新品ではなく、誰かが使ったもののようで、泥で汚れている。
長靴を眺め、不思議そうな顔をする俺を見ながら、オカノは話を続ける。
『3日前、会社帰りに見つけたんだ。交差点の近くに落ちててさ。これも変じゃないか?長靴の片方だけを落とすなんて。で、拾ったら案の定さ』
俺は長靴を手に取ってみた。
だいぶ汚れているが、ごく普通の長靴である。
空中で動かしてみると、中に何か入っているのに気づいた。
『出してみろよ』
オカノが勧めるように、長靴を振って中に入っている物を机に出してみる。
干からびかけた、小さな裸の人間が出てきた。
すでに死んでいるのだろう、動く気配はない。
大きさは胎児くらいしかないが、顔を見ると中年男性のように見える。
俺は思わず「わっ!」と声を上げてしまった。
一瞬、他の客や店員の注意が俺に集まる。
顔と声のトーンを少し下げて、オカノにこの謎の物について質問してみた。
「何だよこれ…人形か?お前俺を驚かせたいからってタチの悪いことを…」
『違うよ。これは俺が拾った時から長靴の中に入ってた。たぶん妖精の亡骸だよ。ほら、よく芸能人がテレビで「小さいおじさんを見た」とか言ってるだろ?それってコイツらのことなんじゃないかな?』
確かに、人形にしては精巧に出来すぎている。
触った感触からしても、作り物ではなさそうだ。
しかも、オカノは芸術の才能ゼロ。
ネコの絵すらまともに描けない男に、妖精の人形は作れないだろう。
オカノは続ける。
『きっとコイツらは、人間のものを少しずつ盗んで生活してる妖精の一族なんだよ。でも小さいから外敵が多すぎる。で、コイツは長靴を運んでる最中に死にかけ、身を隠そうとして中に入ったが絶命した…と俺は予想する』
オカノの言ってることは、やはり破茶滅茶だ。
しかし、目の前にある亡骸がオカノの予想を裏付けている。
このままだと、俺は初めての敗北を経験することになる。
しかも完璧なKO負け。
オカルト否定論を根本から覆されそうな状況である。
反論が思い浮かばず、黙り込む俺を見て、オカノは勝者の笑みを浮かべている。
『おやおや?いつもの反論はどうしましたかな?今回ばかりは信じずにはいられないようだね?』
腹が立つ…オカノとの討論こそ俺のボクシングリングだったが、本当にコイツの顔面を殴ってこのカフェをリアルファイトの場にしたくなった。
しかし、それこそ俺の負け。
一番惨めなルール違反。
今回の試合は負けを認めるしかなかった。
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オカノは机に置いた妖精の亡骸と長靴をナップザックにしまい、席を立った。
『いやまぁ、俺もムキになってしまったよ。ここは俺が奢るから、そんな怖い顔しないでくれ』
悔しさが顔に出てしまっていたのか。
本当に惨めな敗北だ。
レジに向かうオカノの背中を見た。
何だか自信に満ちているようで、違和感を感じる。
徐々に俺は、違和感の正体がオカノの自信だけではないことに気づいた。
何かがついている。
よく見るとそれは、長靴から出てきたのと似た妖精だった。
オカノの着てる服の襟首、ズボンの尻ポケット、裾など、至る所に妖精がくっつき、頭を出したり引っ込めたりしている。
襟についた1匹が俺の方を見てきた。
オカノは気付かぬまま会計を済ませ、店を出て行った。
俺はオカノを追いかけようとは思わなかった。
それは、俺の方を見た妖精が、俺を黙らせた時のオカノと同じ勝者の顔をしていたから。
嫌な予感がした。
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その日以来、オカノとは連絡が取れなくなった。
知人から聞いた話では、家族や職場に連絡もなく、家もそのままにして失踪してしまったのだとか。
電話をかけてもつながらない。LINEの既読もつかない。
俺の頭に、喫茶店で見た妖精の顔が浮かんだ。
仲間の死体を持つオカノを見つけ、妖精たちがオカノに何かしたのかもしれない。
そしてオカノは、妖精たちに運ばれてしまったのだろう。
アイツが拾った長靴のように。
所詮はオカルト否定論者の俺の予想、ハズれていることを願う。