数年前、暑い夏の夜。
俺は自分の家の寝室で、彼女(現在の妻)と一緒の布団に入って横になっていた。
部屋の電気は消え、いつでも眠れる状態。しかし、俺は寝たり目覚めたりを繰り返していて、一晩中意識が宙に浮いている感じが続いた。
しっかり寝つけず悩む俺の横で、彼女はスヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。
深夜3時を過ぎた頃、ようやく俺は眠りにつき始めたようで、少し不思議な夢を見た。
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俺は、見知らぬ男性と薄暗い地下通路に立っていた。男性は、服装からして霊媒師の類だろう。
通路の幅は、大人2人が横並びでギリギリ立てるくらい。先は薄い霧のようなものが立ち込めていてよく見えない。
ところどころに曲がり角があるので、迷路のような作りになっているようだ。
通路の先から、彼女がこちらに歩いてきた。
まっすぐ俺たちを見つめている。
そんな彼女を見た霊媒師の男性は、
『連れてきちゃってますね。私が除霊しましょう』
とつぶやき、彼女の方に向かって歩き始めた。
俺から見た彼女は一人だったが、霊媒師には何か霊的なものも一緒に見えたのだろう。
霊媒師が彼女とすれ違った瞬間、彼女の背後に2人の男性が現れた。
今までは確かにいなかった、少なくとも俺には見えていなかった。
男性2人とも、顔に生気がない。
おそらく彼らが、霊媒師の言った「連れてきちゃった」ものの正体だろう。
霊媒師が彼女の横を通り過ぎると、男性2人は彼女から離れて、霊媒師の後を追うように歩き始めた。
霊媒師が通路の角を曲がると、男性2人も曲がり、完全に姿が見えなくなった。
あの先で除霊を行うのだろうか。俺のような一般人には、その手法は見せられないのかもしれない。
とりあえず、彼女についていたものは払ってもらえるようで、少し安心した。
霊媒師とか、幽霊みたいな男性とかが出てきたから、どんな怖い展開になるのかと思いきや大したことなさそうである。
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直後、俺は背中に当たる何かの感触で目が覚めた。
いや、半分目覚めて、半分寝ているような状態だったと思う。
部屋の中は暗く、夜はまだ明けていない。
その感触というのは、隣で寝ていた彼女の手だった。
寝ているうちに、俺は彼女に背を向ける体勢になっていたようだ。
彼女はそのまま俺に話しかけてきた。
『霊ってついて来ちゃうんだね』
夢の中で、霊媒師が連れて行った男性2人のことを言っているのだろう。
今思えば、俺がさっき見たばかりの夢の内容を彼女が知っているのはおかしい。
だが、当時の俺は寝ぼけていたので、そんなことにも気づかなかった。
『まぁ、そういうこともあるんじゃね?』
何気なく返事をすると、彼女は続けた。
『じゃあこれは?』
ん……?一体何のこと………
『う”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”え”ぇ”ぇ”え”え”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”ぇ”え”ぇ”え”ぇ”え”ぇ”ぇ”え”え”ぇ”ぇ”え”ぇ”え”ぇ”ぇ”ぇ”』
突然異様なうなり声が聞こえ、俺は飛び起きた。
彼女は隣で横になり、スマホを操作していた。慌てている俺の様子に気づくと、目を丸くしてこちらを見てきた。
『大丈夫か!?』
俺は彼女に確認した。
彼女からしたら俺に「大丈夫か!?」と聞きたい気分だっただろう。
うなり声は彼女のものだったように感じた。
でも、声はかすれていて、古いカセットテープに録音した声を再生した感じ。普通の声ではない。
今まで聞いたことのない彼女の奇妙な声に、俺は背筋に寒気を感じた。
彼女に異変がないことを確認して、また眠ろうと思ったが、さっきの声が耳にこびりついていて、結局朝まで眠れなかった。
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翌朝、彼女に聞いたところ、確かに深夜目が覚めて俺の背中を手で触れたそうだ。
俺が「まぁ、そういうこともあるんじゃね?」と言ったのも聞いたらしい。
しかし、「霊ってついて来ちゃうんだね」という言葉はもちろん、うなり声も出していないとのこと。
嘘をついてるわけではなさそうだった。
何もかもが俺の勘違いだとしたら、「悪い夢を見た」で片付く出来事だろう。
だが、現実に起きたことと俺しか体験していないことが入り混じっているからか、全てを夢で片付けるのはなんだか腑に落ちない。
それから数年、あのうなり声を聞いてはいないものの、妻の隣で寝る夜は、少し身構えてしまう。