7:29
目が覚めた。
昨日の夜、俺はスマホのアラームを7:30にセットした。予定より1分早く起きてしまったことになる。
出勤前の忙しい朝、1分でも時間は惜しい。
それと同時に、1分でも長く寝ていたいという気分にもなる。
とにかく予定の時刻には無事起きられたので、身支度を始めた。
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このアラームの1分前に起きる現象、実はここ1週間毎日続いている。
今の部屋に引っ越してきた翌日の朝から始まった。
1週間も立て続くと、ただの偶然とは思えない。
それまでの俺はというと、アラームが鳴っても気づかないか、消して二度寝してしまうこともしばしば。寝坊とは小さい頃からの大親友。
友人との待ち合わせはもちろん、週に1〜2回は会社の出社時間にも間に合わない遅刻魔だったのだ。
先日は、俺の寝坊が原因でデートの待ち合わせをしていた彼女を怒らせてしまった。
2時間半も遅刻したのだから、怒るのも無理はない。
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俺はこれまでに、4人の女性と付き合ってきた。
今の彼女は5人目。
過去の女性4人とも、別れた原因は俺の寝坊による遅刻だった。
一番ひどい別れ方をしたのは、4人目の彼女だろう。
去年の冬、東京23区内にも雪が降るほど寒かったある日。
当時の彼女と、渋谷でデートの待ち合わせをしていた。
しかし、俺は6時間の大遅刻。
お昼の待ち合わせだったのに、目が覚めたら外が暗かった。
前日、会社の飲み会でオールしてしまったのが原因だ。
しかも、彼女には「突然体調が悪くなった」と嘘の連絡を入れて、約束をすっぽかしてしまった。
彼女はバカ正直に外で俺を待っていたそうで、翌日ひどい風邪を引いたらしい。
いや、バカ正直なんて、遅刻した俺が言う資格は無い。
その罪悪感から彼女とは顔合わせる気になれず、俺の方から一方的に連絡を絶ってしまった。
それでもまた遅刻を繰り返す俺は、救いようの無い人間なのかもしれない。
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そんな俺にとって、起きたい時間にちゃんと起きられるのは正直ありがたい。
アラームの時刻まで寝ていたい気持ちもあるが、遅刻するくらいならましだ。
しかも、ここ1週間は二度寝もしていない。
アラームの1分前に起きると、眠気はすっかり消えてしまうのだ。
寝坊の常習犯である俺が、毎朝キチンと出勤してくるものだから、最近は上司の機嫌もいい。
遅刻しないなんて当然のことなのだが、俺からしたら天地がひっくり返るくらい劇的な変化だった。
まるで誰かが、これ以上寝坊で失敗しないよう俺を起こしてくれている。そう感じた。
幽霊の仕業なのだろうか?だとしたら、とても心優しい幽霊がいたものだ。
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ある日、大学時代の友人が俺の引っ越し祝いで家に遊びに来た。
お酒を飲むことになったが、明日は特に予定はないので遅刻の心配もない。
お酒がすすみ、ふと友人に最近の出来事を話してみることにした。
『ここに引っ越してきてからさ、スマホのアラームの1分前に必ず目が覚めちゃうんだよ。なんか不思議じゃね?」
『はぁ?まさか幽霊がモーニングコールしてくれてるとでも?お前、そういうオカルトなこと信じないって言ってたよな?』
『そうだけど……何日も続いてるから気になってさ。偶然なのかな…』
『もし幽霊が起こしてくれてるなら、お礼言わなきゃな!遅刻大魔王のお前がちゃんと起きるなんて、すごい力を持った幽霊だぞ!』
『まぁ……確かにそうだな!最近マジでありがたい!おい!幽霊か何か知らないけど、いつもありがとな!』
俺の声でも友人の声でもない。
低い女性の声が、俺の背後から聞こえた。
友人にも聞こえていたそうで、気味悪がって帰ってしまった。
友人が帰った後、風呂に入るために服を脱ぐと、俺の右肩に手のひらで掴まれたようなアザができていた。
今まで気づかなかったのが不思議なくらい濃くついている。
俺がアラームより早く目覚めていたのは、このアザが関係していたのかもしれない。
何かに掴まれる、その刺激や緊迫感で俺は目を覚ましていたのかも。
遅刻癖の治らない俺を優しく起こしてくれる幽霊を想像していたが、とんでもない。
あの声の主は、俺が今まで遅刻によって迷惑をかけてきた人たちの、負の感情が生み出した存在だったのかもしれない。
俺の脳裏に4人目の顔が彼女がよぎった。
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7:30
スマホのアラーム音で目が覚めた。
今朝は、あの声の主は起こしてくれなかったようだ。
いや、もう起こしてくれなくて構わない。
俺はすぐさま、近所の不動産屋に向かった。
アラームの1分前に目覚めてしまう現象は、今の部屋に引っ越してきてから起きた。
ということは、あの部屋から出れば、謎の現象から解放されるかもしれない。
幸運なことに、新しい部屋はすぐ見つかった。
予想通り、部屋を変えてからは、アラームより前に目覚めることもなくなった。
それと引き換えに、俺は元の遅刻大魔王に戻ってしまった。