【怖い話】怪現象が起きる部屋

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俺の名前はモリカワ。ブログの更新が趣味の会社員だ。

今日は車である場所へ向かっている。

 

俺の運営しているブログというのが、幽霊や怪現象についてまとめた、いわゆる「オカルトブログ」。

かれこれ2年くらい続けている。

 

家でじっとしていても心霊ネタはなかなか入ってこない。

だから、土日は心霊スポットまで車を走らせるのだ。

 

普段はうだつの上がらない会社員である俺。

でも、心霊スポットに行く日は、ライターとして取材に行く気分。

すこぶる楽しい。

 

もちろん、俺の取材は趣味にすぎない。

1円にもならないのが少し残念である。

 

オカルト好きな俺だが、一人で心霊スポットに行く勇気はない。

怖いものは怖いのだ。

そんな時、必ず誘うのが、助手席に座っているイソノ先輩。

 

イソノ先輩は、俺が大学時代に所属していた演劇サークルの先輩で、無職だ。

俺の友人たちは、みんな社会人になって毎日忙しい。

貴重な土日は自分のために使いたいと考えているだろう。

そんな彼らに「心霊スポットへ行こう」なんて言っても乗ってこない。

 

しかし、このイソノ先輩は違う。

毎日暇だから、誘えばすぐに来る。

大学時代はそれほど仲良くなかったのだが、卒業してからというもの、異様なほどに親密になった。

 

卒業後も無職で、何もしていないイソノ先輩を俺は心底見下していた。

だが、今となっては、誘うと必ずYesと答えてくれる彼の存在はありがたい。

 

もうひとつ、俺がイソノ先輩を誘うのには理由がある。

それは後ほどお話ししよう。

 

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今日向かっているのは、お化けトンネルとか廃病院とか、そういう類の場所ではない。

俺のいとこの家だ。

 

数日前、いとこから連絡があった。

最近住み始めた家で、不可解な現象が毎日起きるのだという。

 

どこからともなく音が聞こえる

物が勝手に動く

家の中で見知らぬ女性の姿を見かける

 

ただ、それらが心霊現象なのか、それとも気のせいなのかよくわからないらしい。

 

俺がオカルトブログを運営していることを知り、家で起きている現象について調べて、判断して欲しいと連絡してきた。

 

いとこの家に行くというだけなら、特に緊張はしない。

でも、いとこの家が心霊スポットかもしれないと考えると、心臓が高鳴る。

いいブログネタになりそうだ。

 

車内では沈黙が続いていた。

そんな中、イソノ先輩が口を開いた。

 

『おいモリカワ、今回の獲物はどんなヤツなんだ?』

 

「獲物…?ああ、お化けのことですか?いやわからないです。そもそもお化けがいるのか判断するために行くんで」

 

『そうか…モリカワよ、今回のクライアントについて聞いてなかったが、教えてくれないか』

 

「クライアント…?俺のいとこですか?俺の1歳上だから、25歳の女の子ですよ。会うのは今年の正月以来なんで…半年ぶりくらいですかね」

 

『ほう、女か。つまり俺たちは、霊現象に苦しむビーナスを救い出す、ゴーストハンターってことだな』

 

このように、イソノ先輩はだいぶ面倒くさい。

正直、この人以外についてきてくれる人がいるなら、俺はその人と組みたい。

初対面の相手だったとしても、イソノ先輩を切る。

 

イソノ先輩は続ける。

 

『その女、彼氏はいるのか?』

 

「彼氏どころか、旦那さんがいますよ。高校卒業してすぐ結婚しましたね。6歳の子供もいます」

 

『ふんっ、こぶ付きには興味ないぜ』

 

もしかして、いとこを狙っていたのか?

働きもせず、心霊スポットばかり行っているヤツがそう簡単に恋人を作れると思っているのなら、どうかお亡くなりになってほしい。

 

余計なことを考えている暇があったら、幽霊が出た時のために念仏の練習でもしてもらいたいところだ。

 

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数十分後、いとこの家に到着した。

10階建てマンションの5階にある。

いとこと旦那さん、お子さんが出迎えてくれた。

 

謎の現象は夜に起きるらしい。

今夜、いとこたちは旦那さんの実家で過ごすとのことで、俺とイソノ先輩が家に残ることになった。

 

間取りは3LDK。

玄関から4〜5mくらいの廊下があり、廊下と部屋を仕切る扉がある。

扉の奥にダイニング、その奥に、横並びに2つ部屋がある形。

 

怪現象が起きるのは、キッチン付近やリビングだそうだ。

とはいえ、どういう条件で怪現象が起きるかわからないので、待つしかない。

 

俺とイソノ先輩は、ダイニングにあるテーブルで、行きに買ってきたコンビニ弁当を食べることにした。

 

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イソノ先輩は口数が少ない方だ。

特に食事中は全くしゃべらない。

 

俺もそれほど話上手ではないから別に構わないのだが、幽霊が出るかもしれない部屋で会話しないままでいるのは、さすがに怖い。

 

俺はイソノ先輩に話しかけた。

 

「ここ初めて来たんですけど、結構いい部屋ですよね。旦那さん、稼いでるんだろうなぁ。イソノ先輩も見習った方がいいですよ」

 

『ふんっ…モリカワよ。お前本当にオカルトブログの運営者か?いい加減気づけ、もう戦いは始まってるんだぜ』

 

なんでいつも面倒くさいんだろうこの人は。

この家の怪現象が全部イソノ先輩の家で起きればいいのに。

 

いつも通り心の中で悪口を吐く俺だったが、イソノ先輩の言うように、重要なことに気づいていなかった。

 

『俺の後ろの食器棚、見てみろ』

 

イソノ先輩の後ろには、ガラス張りの食器棚がある。

棚の下から2段目、ちょうど俺が座った時の目線と同じくらいの高さに茶碗が置いてある。

その茶碗が、ズズズズと、右のほうへスライドしている。

 

イソノ先輩は「霊感はない」と言っているが、霊現象を体験することの多い、いわゆる「引き寄せ体質」な人である。

今回も無事引き寄せてくれたらしい。

 

さっき伝えなかった、俺がイソノ先輩を心霊スポットに誘う理由。

それは、彼の「引き寄せ体質」だから……ではない。

 

俺は茶碗から目をそらし、イソノ先輩の方に視線を戻した。

 

「もしかして…」

 

『ああ、奴さんのお出ましだな』

 

コンビニ弁当を乗せていた机がひとりでに揺れ始めた。

同時に、キッチンにある調理器具や食器が揺れ、床に落ちる。

部屋の照明が明滅する。

 

ポルターガイスト

この家で起きているのは、間違いなく霊現象だ。

 

何もできず、慌てる俺たち。

1分くらい現象が続き、ピタッと収まった。

 

俺が重い口を開く

 

「決まりですね…ここで起きているのは」

 

『静かにしろ!まだ終わってない。いやぁ…むしろここからが本番のようだ』

 

ニヤリと笑うイソノ先輩の視線は、俺の背後に向いている。

俺の後ろにはリビングがある。

 

俺は恐る恐る振り向いた。

リビングに置かれたテレビの奥に、長い黒髪の女性が立っている。

 

髪の間から、女性の目がこちらを向いている。

目が合っただけで総毛立つほど、殺意に満ちていた。

 

俺は全速力で廊下へ向かった。

ダイニングを出ると、扉を勢いよく閉めた。

中にイソノ先輩を閉じ込める形になってしまったが、構わない。

 

『おい!モリカワ貴様!おい!モリカワ!モリカワァァァ!!」

 

部屋の中からイソノ先輩の怒号が聞こえる。

 

「すみませんイソノ先輩!犠牲になってください!」

 

俺がイソノ先輩を心霊スポットに誘うもうひとつの理由。

それは、最悪の事態に陥ったらこの人を犠牲にすればいいと考えているからだ。

 

働きもせず、実家暮らしなのに家事も手伝わず、近所の公園で小さい子供たちと遊ぼうとして警察に通報されている…

イソノ先輩の私生活はよく知っている。

 

そんな彼が幽霊によって地獄に連れて行かれても誰も困らないだろう。

俺は、スケープゴートとしてこの人を選んだのだ。

 

『おいモリカワ!お前が霊と対面しなくてどうする!ブログはどうなるんだ!おい!』

 

イソノ先輩は機関銃のように言葉を発している。

 

「アンタさっき笑ってたんだから、何とかできるでしょ!ブログネタとしては現時点でもう十分だし!」

 

絶対にこの扉を開けてはならない。

俺はドアノブを握る手にこれでもかというほど力を入れた。

こんなに力を入れるのは、母親の産道を通って生まれて来た時以来かもしれない。

 

「彷徨う悲しき魂よ!その男を道連れに現世から去りたまえ!この家と家族を解放するのだ!」

 

『モリカワ貴様!!俺を勝手に捧げるんじゃあない!』

 

イソノ先輩が力一杯扉を叩く。

でも俺は絶対に開けない。

 

「俺は明日大事な商談があるんです!!だから死ぬわけにはいかないですよ!くたばれイソノ!!」

 

『貴様呼び捨てにしやがって!先輩だぞ!』

 

扉越しの攻防がしばらく続いたが、突然イソノがドアを叩くのをやめた。

 

『おい霊、話せばわかるはずだ。お前も人間だったんだろう。何が目的なんだ?話を聞かせてくれ』

 

イソノは幽霊と交渉し始めた。

そんなことできるわけない。イソノは取り憑かれて、おかしくなってしまったのだろう。

 

ならば、なおさらここから出すわけには行かない。

密室を作り、バルサンか何かをたいてイソノごと除霊することが、みんなの平和につながるだろう。

 

イソノは続ける。

 

『そうか…そうだったのか…それは辛かったな。大丈夫、あの家族には伝えるよ。お前は、ゆっくり暮らすといい』

 

話が通じている…?

いや、イソノの演技かもしれない。

 

俺たちは元々演劇サークルの先輩後輩。

プロには遠く及ばないといえど、そこそこのクオリティで演技はできる。

 

最初は怪しんだ俺だったが、イソノの口ぶりは演技とは思えなくなってきた。

演劇サークルだったからこそわかる。

本気の口調だ。

 

そして、イソノは再び俺の方に話しかけてきた。

 

『モリカワ、もう大丈夫だ。開けてくれ。今回の一件、解決策が見つかった。お前のいとこ一家と話をしよう』

 

開けていいものか…開けた瞬間襲いかかっては来ないだろうか…

しかも、どさくさに紛れて呼び捨てしたから、幽霊とは別件で叱られるかもしれない。

 

それでも扉を開けないと埒が明かない。

俺はイソノを信じて扉を開けることにした。

 

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イソノ先輩の話だと、あの女性の幽霊は元々いとこの家に住み着いており、幸せそうな一家が引っ越してきたから、嫉妬で脅かそうとしていたらしい。

 

そんな折、俺たちがやってきたものだから、除霊されるのではないかと思い全力で攻撃したそうだ。

 

いとこ一家が引っ越せば、もう何もしないとのこと。

 

この件をいとこに話したら、すぐに引っ越しを決めてくれた。

引っ越しが完了するまであの部屋で暮らしていたそうだが、その間、怪現象は全く起きなかったと後日聞いた。

 

イソノ先輩は、本当に幽霊と会話したのかもしれない。

 

どれだけクズのような人間にもひとつくらい才能があるもの。

イソノ先輩には、霊と交信する才能があるのかもしれない。

 

本人に聞いてみると、当時のことは「よく覚えていない」らしい。

 

とりあえず、呼び捨てしたことも忘れてそうなので、俺は一安心した。